★電話は双方向性をもった情報伝達メディアか?
本来、情報交換というものは、フジワークで行われるような心と心とを触れ合わせるために、相手と同一環境の中で、交互に会話という手段を使って行なってこそ、有効なものになります。
しかし、先に挙げた各種の情報メディアのうちで、環境の場は異なっていても、同時にお互いの持っている情報が交換できるのは、電話か無線電話ぐらいしかない。
電話は、機能的には一応音声を媒体として双方向的に情報を交換し合えるメディアであると考えている人が多いでしょう。
ところが、現実には、それを持っている人が、自分の都合のいいときに、誰かに情報を伝えたいというときに、相手の意志とは無関係に勝手に一方的に相手を呼び出せる構造になっています。
かけられた側にしてみると、ベルが鳴れば、一応なにをしていても、その行動を中止して、受話器を取り上げなければならないような気持になります。
ベルがどれだけ鳴っていても平気で自分の仕事を続けていられるような人は少ない。
それはそれとして、一応受話器を取り上げてみたら、間違いや、いたずら、または、金や小豆などの商品取引や、ダイヤの販売勧誘とか証券会社の国債購入の勧誘だったりすると、うんざりさせられるどころか、腹が立ってムシャクシャし、ときには、虫の居所が悪いと普段なら使わないような礼を欠いた口調で悪口雑言を浴びせかけ、挙句の果ては、相手の言うことも聞かず、途中でガチャンと切ってしまうことさえもあります。
相手の顔がみえないからこれができるので、テレビ電話となるとそうはできないでしょう。
その結果、電話のかかる前に考えていたことをすっかり忘れてしまい、しばらくは仕事に手をつけられないこともあります。
こうなると、電話は一種の暴力であるとも言いたくなります。
同一環境内で会話をしていても、相手の意志を無視して、自分の言いたいことだけを一方的に主張する人も世間には多いし、逆に、自分が電話したくなると、おそらく、他入からの電話で腹を立てたことなどさっぱり忘れ、自分の都合のいいときに勝手にダイヤルをまわすのだから、これはお互いさまとして、あまり暴力ということを強調するつもりはない。
しかし、電話による会話というものは、フジワークsystemのように人と人とが直面して会話する場合に得られる情報量と比較すると、かなり貧弱なものになることだけは確かです。
だから、厳密には同時双方向性伝達メディアとはいいにくいのです。